kṛṣṇasyoccaiḥ praṇaya-vasatiḥ preyasībhyo ’pi rādhā kuṇḍaṁ cāsyā munibhir abhitas tādṛg eva vyadhāyi yat preṣṭhair apy alam asulabhaṁ kiṁ punar bhakti-bhājāṁ tat premedaṁ sakṛd api saraḥ snātur āviṣkaroti

クリシャナセィオッチャェ プラナヤ-ヴアサティ プレヤセイー=バヨ ピ ラーダークンダム チャスヤー ムニビル アビタス タードリグ エヴア ヴイヤダーヤイヤト プレシュタイル アピ アラム アスラバム キム プナル バカティ-バージャームタト プレメダム サクリダ アピ サラ スナーテゥル アーヴイシャカロティ

クリシャナセヤ–主シュリクリシャナの; ウッチャェ–非常に高い;プラナヤ-ヴアサティ–愛の対象; プレヤセイー=バヤ–多くの愛らしいゴピから; アピ–確かに;ラーダー–シュリマティラダラニ; クンダム–湖; チャ –また; アシャ–彼女の;ムニビ–偉大な賢人による; アビタ–あらゆる点で; タードリグ エヴア–同様に; ヴイヤダーヤイ–説明されています; ヤト –これ; プレシュタイ–最も進んだ信者による; アピ –でも;アラム–十分です。 アスラバム –入手が困難;キム–何; プナ–再び; バカティ-バージャーム–献身的な奉仕に従事する人のために; タト–それ;プレマ–ゴッドヘッドへの愛; イダム –これ; サクリダ–一度; アピ –でも; サラ –湖; スナーテゥ–入浴した人の;アーヴイシャカロテ–覚醒します。


多くの好ましい喜びの対象とすべての愛すべきヴラジャブーミの高貴な娘たちの中で、シュリーマティー・ラーダーラーニーは確かにクリシュナの愛の最も大切な対象です。そして、あらゆる意味で、彼女の神聖なるクンダは、主にとって同じく愛しいと偉大な聖人たちによって描写されています。疑いようもなく、偉大な献身者によってさえも、ラーダー・クンダには滅多に到達することができません。したがって、普通の献身者にとっては到達するのはなおのこと困難です。もしもその聖なる水で単に一度沐浴するなら、人のクリシュナへの純粋な愛は完全に目覚めます。 

なぜラーダー・クンダはそれほど崇高なのでしょうか?その湖は、シュリー・クリシュナの最も愛するシュリーマティー・ラーダーラーニーのものだから、それほど崇高なのです。すべてのゴピーたちの中で、彼女が最愛の方です。同様に、彼女の湖、シュリー・ラーダー・クンダもまた、偉大な聖人たちによって、クリシュナにとってラーダー自身と同じほど愛しい湖であると描写されています。実に、クリシュナのラーダー・クンダへの愛とシュリーマティー・ラーダーラーニーへの愛は、あらゆる面で同じなのです。ラーダー・クンダは、完全に献身奉仕にいそしむ偉大な人格によってさえも、滅多に到達できません。単にヴァイディー・バークティの修練をしているにすぎない普通の献身者にとってはなおさらです。  もしもラーダー・クンダで一度沐浴をすれば、ゴピーたちの影響を受けて献身者は直ちにクリシュナへの純粋な愛を目覚めさせることができる、と書かれています。シュリーラ・ルーパ・ゴスヴァーミーは、たとえラーダー・クンダの岸辺に生涯住むことができなくても、人は少なくともできるだけ何度もその湖で沐浴をすべきだ、と助言なさいます。これは、献身奉仕をするうえで最も大切な事柄です。シュリーラ・バークティヴィノダ・タークラは、このことに関して、シュリーマティー・ラーダーラーニーの女友達(サキー)と腹心の侍女たち(マンジャリー)の影響を受けて献身奉仕において進歩することに興味のある者にとって、シュリー・ラーダー・クンダは選り抜かれた場所である、と書いていらっしゃいます。霊的な体(スィッダー・デハ)を得て、超越的な神の王国、ゴロカ・ヴリンダーヴァンへと帰宅することに熱心な生命体は、ラーダー・クンダに住み、シュリー・ラーダーの腹心の侍女たちの庇護を受け、彼女たちの指導の下で常にシュリーマティー・ラーダーラーニーへの奉仕に携わるべきです。これがシュリー・チャイタンニャ・マハープラブの庇護の下で献身奉仕に携わる者にとって最も崇高な方法です。このことに関して、シュリーラ・バークティスィッダーンタ・サラスヴァティー・タークラは、ナーラダやサナカなどの偉大な聖人たちや偉大な献身者たちでさえ、ラーダー・クンダに来て沐浴する機会が得られない、と書いてあります。それでは、普通の献身者については言うまでもありません。もしも、大変な幸運によって人がラーダー・クンダに来て一度でも沐浴する機会があるなら、彼はちょうどゴピーたちがしたように、クリシュナへの超越的な愛を目覚めさせることができます。また、ラーダー・クンダの岸辺に住んで主への愛情ある奉仕に没頭すべきであるとも勧められています。人はそこで定期的に沐浴し、シュリー・ラーダーと彼女の手助けをするゴピーたちの庇護を受けて、すべての物質的な概念を放棄すべきです。もしも生きている間に常にこのようにするなら、体を放棄したあと、人は生きていた間にラーダー・クンダの岸辺で夢見たのと同じように、シュリー・ラーダーに奉仕するために至高神のもとへ戻ります。結論は、ラーダー・クンダの岸辺に住むこととそこで毎日沐浴をすることは、献身奉仕の最高の完成であるということです。それはナーラダのような偉大な聖人や献身者にとってさえ到達するのが難しい立場です。このように、シュリー・ラーダー・クンダの栄光には限りがありません。ラーダー・クンダに奉仕をすることにとって、人はゴピーたちの永遠の指導の下でシュリーマティー・ラーダーラーニーの手助けをする者になる機会を得ることができます。