tan-nāma-rūpa-caritādi-sukīrtanānu- smṛtyoḥ krameṇa rasanā-manasī niyojya tiṣṭhan vraje tad-anurāgi-janānugāmī kālaṁ nayed akhilam ity upadeśa-sāram

タン-ナーマ-ルーパ-チャリターディ-スキールタナーヌ-スムリタヨ クラメナ ラサナー-マナセィ ニヨジャヤティシャトン ヴウラジェ タド-アヌラギ-ジャナーヌガーミーカーラム ナヤェダ アキラミ イトユ ウパデシャ-サーラム

タト –クリシャナ卿の; ナーマ-–聖なる名前; ルーパ-–フォーム; チャリターディ–性格、娯楽など; スキールタナー-うまく話し合ったり唱えたりすること; ヌ-スムリタヨ –そして覚えていること。 クラメナ–徐々に; ラサナ–舌; マナセィ–そして人の心。ニヨジャヤ –魅力的; ティシャトン–居住; ヴゥラジェ –ヴゥラジャで; タド –クリシャナ卿へ;アヌラギ–添付 ; ジャナ–人 ; アヌガーミー–以下; カーラム–時間; ナヤェダ –利用する必要があります。アキラミ –フル; イティ –したがって; ウパデシャ-–アドバイスまたは指示。 サーラム–本質。


すべての助言の要点は、人は自分の時間のすべて、つまり一日24時間を、主の聖なる御名を入念に(nicely)に唱え、主の超越的な形、性質、および永遠の娯楽を思い出して、それによって徐々に自分の舌と心を携わらせることに使うべきだ、ということです。このようにして、人はヴラジャ(ゴロカ・ヴリンダーヴァン・ダーマ)に住んで、献身者の指導の下でクリシュナに仕えるべきです。人は、主への献身奉仕に深く執着している、主の愛する献身者たちの足跡を辿るべきです。 

ヴラジャの超越的な王国(ヴラジャ・ダーマ)の中で、人は至高主シュリー・クリシュナの仲間たちのそれに似た気持ちで主に奉仕すべきです。そして人はクリシュナの特定の仲間の直接の指導の下に身を置き、その人の足跡を辿るべきです。この方法は、サーダーナ(呪縛された段階にいる間の霊的な修練)の段階においても、また、人がスィッダー・プルシャ、すなわち霊的に完璧な魂である、サーデャー(神認識)の段階においても当てはまります。  シュリーラ・バークティスィッダーンタ・サラスヴァティー・タークラは、この節に関して次のように解説なさいました。(訳注:以下、第8課の最後まで引用が続きます)「まだクリシュナ意識への関心を発展させていない者は、クリシュナの御名を唱え、主とその形、性質、娯楽などを覚えていること、という段階的な規制的な原則に従うことによって、すべての物質的な動機を放棄して自分の心を訓練すべきです。こうやって、そのような事柄への好みを発達させたあと、人はヴリンダーヴァンに住んで高度の発達した献身者の指導と庇護の下で、常にクリシュナの御名と名声と娯楽と性質を思い出しながら時間を過ごそうとすべきです。これが献身奉仕を培うことに関するすべての教えの要点です。  初心者の段階では、人はいつもクリシュナ・カターを聞くことに携わるべきです。これはシュラヴァナ・ダシャー、聞く段階と呼ばれます。常にクリシュナの超越的な聖名を聞くことと、主の超越的な形、性質、および娯楽について聞くことによって、人はヴァラナ・ダサーと呼ばれる受容の段階に至ることができます。この段階に至ると、人はクリシュナ・カターを聞くことに執着するようになります。恍惚の中で唱名をすることができるようになると、人はスマラナーヴァスター、思い出している段階に至ります。回想、没頭、瞑想、いつも思い出していること、そして恍惚状態は、段階を追ったクリシュナ・スマラナの5つの項目です。始めは、クリシュナを思い出していることは時折中断されるかもしれませんが、それはやがて中断されないようになっていきます。中断されずに思い出していると、それは濃縮されて、瞑想と言われる状態になります。瞑想が拡大して永続的になると、それはアヌスムリティと呼ばれます。中断せず、消えることのないアヌスムリティによって、人はサマーディ、すなわち霊的な恍惚状態の段階に至ります。スマラナ・ダーサ、すなわちサマーディが完全に発達したあと、魂は自分の本来の立場を理解するようになります。そのときに彼は自分のクリシュナとの永遠の関係を完全に、そして明瞭に理解することができます。それはサムパッティ・ダシャー、すなわち人生の完成と呼ばれます。  チャイタンニャ・チャリタムリタは初心者に、あらゆる動機のある欲望を放棄して、単に聖典の指示に従って主への規律的な献身奉仕に携わるように助言しています。こうすることで、初心者は徐々にクリシュナの御名、名声、形、性質などへの執着を発達させることができます。そのような執着を発達させたとき、人は規制的な原則に従わずとも自然発生的にクリシュナの蓮の御足に奉仕することができます。この段階は、ラーガ・バークティ、すなわち自然発生的な愛による献身奉仕と呼ばれます。その段階において、献身者はヴリンダーヴァンにいるクリシュナの永遠の仲間たちの一人の足跡を辿ることができます。これはラーガーヌガ・バークティと呼ばれます。ラーガーヌガ・バークティ、すなわち自然発生的な献身奉仕は、人がクリシュナの牛やクリシュナの手の中の棒や笛や、クリシュナの首の周りの花のようになりたいと望むとき、シャンタ・ラサにおいて遂行され得ます。ダーシャ・ラサにおいては、人はチトラカ、パトラカ、あるいはラクタカのような従者の足跡を辿ります。友情のこもったサキャー・ラサにおいては、人はバラデヴァ、シリーダーマー、あるいはスダーマーのような友人になることができます。親のような感情を特徴とするヴァーツァリヤ・ラサにおいては、人はナンダ・マハーラージャやヤショダーのようになることができます。そして夫婦間の愛を特徴とするマードゥーリャ・ラサにおいては、人はシュリーマティー・ラーダーラーニーや、ラリターのような彼女の女友達や、ルーパやラティのような彼女の侍女(マンジャリー)のようになることができます。これが献身奉仕という事柄に関するすべての教えの真髄です。